種の力
こんばんわぁ!
ひさしぶりのブログ・アップ!
めちゃめちゃ、久しぶりでいつも間にかランキングからも姿を消していて。。。(笑)
でも、これからもマイペースで書いていくので読んで時間のある時に読んでね!
最近、月日が過ぎるのがめちゃめちゃ早い!
もう、11月も目の前に迫ってきている。。。そして、2010年も!!
なんでこんなに早く感じるのだろう。一週間前の出来事ですら、ずっと前のように感じる。。。
周りも人や状況も変化し、そしてまた自分自身も変化し続けているのを感じる。。。
すごいよね!!
毎日が新しい一日 ☆ 一時一時が新い瞬間。そしてこの同じ時間はもう二度とないんだよね。
今日は久しぶりにチャーチのメッセージで私自身が感じた事を書きます!
昨日の4時半のロド先生のメッセージ「種の力」すごく励まされた。
なんとも表現できない思い。。。うまく表現できない感情と感覚に包まれた。
でもとにかく励まされたんだ。でも神様に触れられているとすごく感じた。
私達はみんな小さな「種」からスタートしている。
小さな、小さな精子と卵子が一つになって受精卵として、私達の命がスタートする。
細胞が生まれ、体の臓器が作られ、そして成長しゆく。
生命の誕生って本当にすごいことだよね。
すごい力だよね。
何かが生まれる時、スタートする時、それは生命にかかわらず、
何かしらの「種」からスタートしている。
いろんなものを生み出している。
良い思い、悪い思い。。。中途半端な思い。
良い決断、悪い決断。。。中途半端な決断。
良い行動、悪い行動。。。そして中途半端な行動。
良い言葉、そして悪い言葉。
そして全てが何らかの実となり、私達はその実を刈り取ることになると聖書に書いてある。
聖書のガラテヤ人への手紙にこう書いてある。
(ガラテヤ 6章7節~9節) 人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。
善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。
聖書でいう「自分の肉」というのは、自分勝手な欲望そして、神様と対象にある罪の性質という意味があるそうです。
そして「御霊」とは神様の霊。
自分の欲望や自分の得になるための種を蒔けば、やがては「滅び」という実(結末)を刈り取る。
自分の蒔いた種には必ずその結果と責任がついてくる。
でも、逆に「神様のために」種を蒔けばその実は「永遠のいのち」を刈り取ると言っている。
神様のうちにある、決して朽ちないものを刈り取る。
聖書はこう言っている。「永遠のいのちを刈り取るために、善をおこないなさい」って。
神様の目に正しいこと、
周りの人を励ますこと、
周りの人を許すこと、
周りの人のベストを願うこと、
やさしい言葉やポジティブな言葉をかけてあげること、
感謝の気持ちを言葉で伝えること。
愛すること。
親切にすること。
寛大になること。
ロド先生がメッセージで言っていた印象的な所がある。
その実がすぐにでなくて、疲れてしまうこともあるかもしれない。
理不尽に感じることがあるかもしれない。フェアじゃないって思うかもしれない。
もう何にも生まれないんじゃないの?実らないんじゃないの??って失望にかられるかもしれない。
「正しいことをやってるのは分ってるけど、全く良いと感じない!!!!」
って思う時もあるだろうって。
ロド先生自身、小さい時に自分達の元を去っていったお父さんを、
ずっと責め続け、恨み続け、批判し続けていたけど、
クリスチャンになった時、お父さんを赦す決断をしたとシェアしてくれた。
それはとても難し事だったけど、なんでだーって思ったけど、
でも神様の前でそれが正しいと知ったから、恨みや批判ではなく、
良い種を蒔くと決めた。
もちろんすぐにではなかったけど、今はそのお父さんとも少しずつ交流をはじめて、
時間も過ごす様になって、今少しづつその種の成長を見始めているって。
ガラテアの聖書箇所ではこう言っている。
「善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。 」
収穫がどんなに遅く感じても、良い種をまくのを辞めてはいけない。
決して失望してはいけない。
神様は約束しているから。
「失望せずにいれば、時期が来て、刈り取る」って。
神様の定めた時期が来て、そして必ずその実を見るときがくる。
刈り取る時が来る。それは天から与えられる実。
だからどんなことがあっても正しいと思うことは、あきらめないで続けてって。
聖書にある「からし種」の例え。
(マタイ 17:20) イエスは言われた。「あなたがたの信仰が薄いからです。まことに、あなたがたに告げます。
もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ。』と言えば移るのです。どんなことでも、あなたがたにできないことはありません。』
私達の信仰がたとえからし種のように小さくても、
やがて山をも動かす大きなパワーになるということ。
*Photo 「マスタードの種」
その信仰とはなんだろう。
聖書のヘブル書 11章1節にこうある。
「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。」
まだ見えていないすばらしい「実」が必ずできると、確信を持ちあきらめないこと。
その確信が小さくてもいい。からし種ぐらい小さくてもいい。
でも、必ずその思い、種が信仰によって実を結ぶ!
*Photo 「マスタードの木」
ロド先生が言っていた。
その実は、最初の種とは姿形は全く違っている。
小さなからし種は、大きな、大きな木となる。
でも、そのDNAは最初も最後も同じ。
愛というDNAを持っていれば、最後は大きな形になってもDNA(性質)は変わらない。
そしてすごいことに、その実(結果)はまた多くの同じ種を作り出す。
同じDNAを持って。
ひとつの種が成長して、また同じ性質の種をもっと多く作り出していく。。。
ステキだね![]()
良い種をいっぱい蒔いていきたいね。
どんな実になるかはわからないけど、
地面の下、私達の見えない所では着々と成長していて、
深く根ざしていて、やがて時が来たら、必ず目を出し、きっといい実になるという信仰をもって。
残りの2.5か月もいい種をまいていきたい!
いつも読んでくれてありがとう!!
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